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[T16] まとめtyaiました【なぜ、片付けたいのか(母子分離にまつわる考察)】

こんまりさんの本に、「なぜ自分は家を片付けたいのか、その理由を深く考えるとよい」という意味のことが書いてありました。「なぜ片付けたいのか?」→「○○だから」→「なぜ○○...

コメント

[C137] >コインさん

実家の汚屋敷状況やそれにまつわる私の思いについては、過去、こことは別の所にも何度か詳しく書いていますので、もし気が向いたら読んでみてください。自分で言うのもなんですが、私のその手の記事はどれも血の通いまくった読み応えのある文章だと思います。ただログの量が膨大ですし、今、私自身も、それがいつどの記事なのか検索してご案内する気がないので(ひどい)、あくまで暇で暇でしょうがない時にでも。「汚屋敷」でけんさくんすると多分ひっかかるとは思いますが。

私が自分のことを書いたからといってコインさんまで書かなきゃと思う必要はないですよ。でもそうコインさんが思ったということは、私の文章がコインさんの何かを触発したのだろうと、嬉しく受け取っています。ま、お互いに、書かねばいられない人種ですよね(笑)。

ワンルームで仕事場・生活の場が一緒というのは、気持ちの切り替えの意味でも、片付けの面でも、かなり大変そうですね。ただ都落ちだなんて思いませんよ。そもそもコインさんの都の時代も存じ上げませんから。そういうところ抜きで付き合えるのがネット友達のいいところでもありますよね。

転職の成功をお祈りしています。
  • 2012-06-15 22:30
  • みなみ
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  • 編集

[C136]

扉に、病的に片付けられない親に育てられた経験ありと書かれていたので、そのことは知っていましたが、これほどとは思いませんでした。うちの母は仕事をしていた時期も片付けは欠かしませんでした。僕もよく手伝わされたものです。なぜか、兄貴は何もしませんでしたが。81になった今も、母はしょっちゅう掃除しています。「このビデオ、本当に全部要るの?整理しなさい」と実家に帰るたびに言われます。言い訳に聞こえるかも知れませんが、僕が片付けられなくなったのは、部屋の広さと、事務所兼自宅になったことが関係しています。いちばん儲かっていた時期は、築地に事務所を構え、浦安にかなり広い1LDKの公団(現在のUR賃貸住宅)を借り、フィアットで通勤していました。仕事の資料が一切ないので、浦安の自宅は広々としており、その分掃除もしやすく綺麗に保たれていました。しかし、広告業界に不況がやって来て、事務所と自宅を統合しなければならなくなり、フィアットは売り飛ばしました。そこで移ったのが2DKの神楽坂のマンションです。玄関から入って左側の和室を寝室にし、右側の洋室を仕事部屋にしました。それでも、さほど汚さなかったように記憶しています。和室と洋室は襖で区切られているのですが、和室側にソファを置き通れないようにしました。和室で目覚め、着替えてから居間を通り洗面所に行って歯磨きをし、顔を洗い、コーヒーとパンの簡単な朝食を済ませてから仕事部屋に向かうのです。なぜそうしていたかといえば、そうしないと公私の区別が続かなくなるからです。仕事部屋には、オフィス仕様のファックスとコピー機能がついた機材を置いたので、部屋はいっぱいでした。そして不況はさらに続き、今度は神楽坂のワンルームマンションに引っ越しました。この辺からです。部屋が汚れていったのは。リースしていた複合機材は解約し、何とか場所を確保しようとしたのですが、いかんせんワンルーム。仕事の書類が山ほどあり、なかなかうまくいきませんでした。そして今は神奈川のワンルームマンションにいます。もうひとつ言い訳です。覚えてらっしゃるかわかりませんが、以前、「転職を考えている」という原稿をアップしました。その転職に使う資料の多いこと、多いこと。これは、転職に成功するか、もしくは転職をやめるかするまでは捨てられません。その上に、仕事の資料があるのです。みっともないので、ひまじんの人(あなたを含む)にはこのような都落ちの惨状は隠しておりましたが、みなみちゃんが赤裸々に親のことを語っているのを読んで、僕も書かなければいけないと思いました。もうすぐ転職に関わる試験があるので、今はそれに追われていますが、それが終わったら真剣に片付けてみようと思います。とりあえず本はお借りせず、自分なりにやってみようかと。もうコピーライターはやらないのだったら書類は半分に減りますが、まだ何も決まっていないのでそれは出来ないのです。孫を会わすことが出来ないなんて淋しいですね。でも、今のみなみちゃんの行動は正しいと思います。そんなにひどいとは知らず無遠慮なコメントをしていたとしたら、お詫びします。
  • 2012-06-15 21:23
  • ガス欠コイン
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[C135] >cocue-cocueさん

コメントありがとうございます。
私も、cocue-cocueさんがご両親について書かれた記事を
拝見するたびに、とても同感するところがあります。
何かコメントしたいと思うのですが、そのたびにただ「あー……」という
言葉にしかならず、申し訳ないのですが、
ついついコメントせずに終わってしまうんですよ(^_^;)
お気持ちをいろいろ想像できるだけに。

結局、「価値観が違う」ということになるのでしょうけど、
自分と親とで、暮らし方への考え方が違いすぎること、
(たとえるなら「生活の言語が通じない」こと?
 まるで異星人に接するような……と私は思っています)に対する
もどかしさ、やるせなさ、腹立たしさ、
そういうものってありますよね。

うちの場合は、以前、母が私や私の家のものをいじるように
私が汚屋敷化した実家を、見るに見かねて
勝手に片付けてしまうこともよくあったのですが
それが母にとってどんなに嫌なことかもわかってきました
(自分に置き換えてみると……)。
最近はノータッチです。

私は年に2回くらい実家に帰省するのですが(100キロ程度、車で2~3時間)
実家はストレスすぎて(汚すぎる、物理的に居場所が狭すぎる、台所や風呂は機能停止)
最近では、数時間しかいられません。
家に入ったら、意識の、ある部分のスイッチを切る努力をしていますが
長い間切っておくのは難しいです。

疎遠にしているという意識はないのですが
私も親とは疎遠な方かもしれません。

cocue-cocueさんがご両親と疎遠にすると決断されるまでには、
いろいろな苦しみや葛藤があったのではと思います。
重い決断だったと思いますが、それをされたこと、
すばらしいと思います。
自分を守るのが一番ですよね。

自分が変わるだけで十分、私もそう思います。
他人を変えようとするエネルギーがあるならば、
それは自分に向ける方が建設的ですねー。

お互い、自分の良しと思う道を突き進みましょうね!(^▽^)
  • 2012-06-15 05:55
  • みなみ
  • URL
  • 編集

[C133] 全く同感です。

みなみさま、
私はかれこれ5年近く実家に帰っていないので、汚屋敷化しているかどうか、この目では確かめていませんが…
両親とも「ステラレネーゼ」なので、みなみさんのお気持ちが痛いほどよく分かります。

一人暮らしをしていた独身時代、父にクローゼットの中身を勝手に全入れ替えされて、大号泣したこともあります。
母が食料やらわけの分からない荷物(台所便利グッズやら、タオル、雑貨など)を大量に持ち込む、これは程度こそ減ったものの、完全には終わっていません。

先日、わけあって、疎遠にすると決めた両親と一度再会したのですが、案の定父は、私の子どもにと玩具やらいろいろ持ってきました。いい加減止めてっていってみたのですが。

父が病気になったのを機に、間違いなく実家は物の洪水になっているはずです。でもこれまたわけあって、親と疎遠になることを誓ったこともあり、やはり私の場合も、断捨離や自らの持ち物の仕分け、処分、住まいの改善を通して、親からの独り立ちに一歩踏み出せたのかな、と感じます。

親に変わって欲しいと思うこと、山のようにあります。

でも、

自分は、変わる。

それだけで十分かな、と最近は思っています。

みなみさんのブログ、いつも冷静な分析がたくさんあって、楽しく読ませていただいております。今回とても身に迫る思いがあふれていたので、つい長々とコメントしたことをおゆるしくださいませ。

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なぜ、片付けたいのか(母子分離にまつわる考察)

こんまりさんの本に、
「なぜ自分は家を片付けたいのか、その理由を深く考えるとよい」
という意味のことが書いてありました。
「なぜ片付けたいのか?」→「○○だから」→「なぜ○○したいのか?」……
という風に、「なぜ?」を5回くらい繰り返して、突き詰めてみましょうと。




私はなぜ家を片付けたいのでしょうか?
→それは、母のようになりたくないからです。

なぜ母のようになりたくないのでしょうか?
→母は、家を片付けられないことで社会生活に支障を来しているからです。
 家が汚い、片付けられないことで、家族や親戚、友達と大喧嘩したり
 そういった身の回りの人に迷惑をかけるのは不毛だと思うからです。

なぜ社会生活に支障を来したくないのでしょうか?
→いやいや……そりゃ当然でしょ。




ってわけで問答終わり。




「常軌を逸して片付けられない」というのがいったいどういうことなのか、
それを他人に分かってもらおうとは思っていません。
普通の人には、ちょっとやそっとでは想像できないのだということは、
これまでの経験からよくわかりました。



数年前まで、汚屋敷化した実家のことで悩むことが多かったので
そういうことを友達に話したりもしましたが
「ああ……普通の人は、”病的に片付けられない”ということの深刻さや
 そういう家族を持つ苦労を
 ”普通”の範囲でしか想像も理解もできないんだなあ」
ということがわかり、当時はとても、それこそ怒りさえ覚える程、
絶望的な気分になりました。



今はもう、実家のことも母のことも自分からは完全に切り離して考えていますので
ごく普通に、むしろ話のネタにもできますが
昔は真剣に悩んでいました。
泣きながら占い師に相談したこともあったほどでした。
どうにかして実家の状況を変えたい、片付けられない母に変わってもらいたいと
考えていたからこそ、それだけ気に病んでいたのだと思います。



他人を変えようと思っても無理です。
よその家を変えようと思っても無理です。
それを変えられると思うのは勘違いであり傲慢であり
何より相手と自分を混同している証拠だと気がつきました。







「あの家を片付けるのは、私には無理。」








そうきっぱり悟ったところで母子分離が完了したように思います。
思えば母も、新婚当時私と夫が住んでいた部屋に泊まりに来ては、
私たちが寝ている間に勝手に家具のレイアウトを変えたりしていました。
その度に私は、
「人の家を勝手に変えないで! 私たちがいいと思ってやっていることに手を出さないで!!」
と激怒していました。
母が遊びに来るたびに、食料や、訳のわからないものを大量に持ち込んでくるのも嫌でした。
それにも苦情を言い続けました。
母側からの子離れも完了していなかったのだと思います。
最近では、母によって持ち込まれる物はかなり減り、
家の中を勝手にいじられることもほぼなくなりました。



考えてみると、私は、母に片付けられないという問題があったからこそ
それをきっかけに、しっかり、きっぱりと、母子分離ができたのだと思います。
母は母、私は私、あくまでも他人であって、
お互いにお互いを変えようとしたり、
相手の問題を自分の問題としたりしても、悪いことしか起こらないということ。
周囲を見回すと、30代になっても精神的に親子分離できずに(親の悪影響を受けて)
苦労している人って沢山いますからね。
それを思えば私は幸運だったのかもしれません。



実家の状況は年々ひどくなり、今はゴミで埋まりきって、
私は、物理的、精神的に、家の中に入ることすら困難になってきました。
避難的に、実家の隣に両親が借りているアパートがあるのですが
そちらも、借り始めて数年経つうちに、どんどん手がつけられなくなってきました。
家さえまともなら、もっと頻繁に帰省して、
両親を孫に会わせてやりたいし、私も地元の友達と会いたいのですが……
そのへんはもう諦めています。



ただ、両親がもっと年老いて、
あの家を私自身がどうにかしなくてはならなくなる時が来ると思いますが
その時のことはあまり考えないようにしています。
多大な苦労は伴うでしょうが、まあどうにかなるでしょう。
(地元には弟がいますが、あてにはしていません。もともと頼りない人なので)



私は、自分の子どもたちに、自分と同じような思いはさせたくない。
それに何より自分自身が快適に暮らしたいし、
家を片付けられないことで周囲の人から低い評価を受けるのも、
白い目で見られるのも嫌なので、
せいぜい、片付けのスキルと精神を磨こうと思います。
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こんまりさんの本に、「なぜ自分は家を片付けたいのか、その理由を深く考えるとよい」という意味のことが書いてありました。「なぜ片付けたいのか?」→「○○だから」→「なぜ○○...

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[C137] >コインさん

実家の汚屋敷状況やそれにまつわる私の思いについては、過去、こことは別の所にも何度か詳しく書いていますので、もし気が向いたら読んでみてください。自分で言うのもなんですが、私のその手の記事はどれも血の通いまくった読み応えのある文章だと思います。ただログの量が膨大ですし、今、私自身も、それがいつどの記事なのか検索してご案内する気がないので(ひどい)、あくまで暇で暇でしょうがない時にでも。「汚屋敷」でけんさくんすると多分ひっかかるとは思いますが。

私が自分のことを書いたからといってコインさんまで書かなきゃと思う必要はないですよ。でもそうコインさんが思ったということは、私の文章がコインさんの何かを触発したのだろうと、嬉しく受け取っています。ま、お互いに、書かねばいられない人種ですよね(笑)。

ワンルームで仕事場・生活の場が一緒というのは、気持ちの切り替えの意味でも、片付けの面でも、かなり大変そうですね。ただ都落ちだなんて思いませんよ。そもそもコインさんの都の時代も存じ上げませんから。そういうところ抜きで付き合えるのがネット友達のいいところでもありますよね。

転職の成功をお祈りしています。
  • 2012-06-15 22:30
  • みなみ
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[C136]

扉に、病的に片付けられない親に育てられた経験ありと書かれていたので、そのことは知っていましたが、これほどとは思いませんでした。うちの母は仕事をしていた時期も片付けは欠かしませんでした。僕もよく手伝わされたものです。なぜか、兄貴は何もしませんでしたが。81になった今も、母はしょっちゅう掃除しています。「このビデオ、本当に全部要るの?整理しなさい」と実家に帰るたびに言われます。言い訳に聞こえるかも知れませんが、僕が片付けられなくなったのは、部屋の広さと、事務所兼自宅になったことが関係しています。いちばん儲かっていた時期は、築地に事務所を構え、浦安にかなり広い1LDKの公団(現在のUR賃貸住宅)を借り、フィアットで通勤していました。仕事の資料が一切ないので、浦安の自宅は広々としており、その分掃除もしやすく綺麗に保たれていました。しかし、広告業界に不況がやって来て、事務所と自宅を統合しなければならなくなり、フィアットは売り飛ばしました。そこで移ったのが2DKの神楽坂のマンションです。玄関から入って左側の和室を寝室にし、右側の洋室を仕事部屋にしました。それでも、さほど汚さなかったように記憶しています。和室と洋室は襖で区切られているのですが、和室側にソファを置き通れないようにしました。和室で目覚め、着替えてから居間を通り洗面所に行って歯磨きをし、顔を洗い、コーヒーとパンの簡単な朝食を済ませてから仕事部屋に向かうのです。なぜそうしていたかといえば、そうしないと公私の区別が続かなくなるからです。仕事部屋には、オフィス仕様のファックスとコピー機能がついた機材を置いたので、部屋はいっぱいでした。そして不況はさらに続き、今度は神楽坂のワンルームマンションに引っ越しました。この辺からです。部屋が汚れていったのは。リースしていた複合機材は解約し、何とか場所を確保しようとしたのですが、いかんせんワンルーム。仕事の書類が山ほどあり、なかなかうまくいきませんでした。そして今は神奈川のワンルームマンションにいます。もうひとつ言い訳です。覚えてらっしゃるかわかりませんが、以前、「転職を考えている」という原稿をアップしました。その転職に使う資料の多いこと、多いこと。これは、転職に成功するか、もしくは転職をやめるかするまでは捨てられません。その上に、仕事の資料があるのです。みっともないので、ひまじんの人(あなたを含む)にはこのような都落ちの惨状は隠しておりましたが、みなみちゃんが赤裸々に親のことを語っているのを読んで、僕も書かなければいけないと思いました。もうすぐ転職に関わる試験があるので、今はそれに追われていますが、それが終わったら真剣に片付けてみようと思います。とりあえず本はお借りせず、自分なりにやってみようかと。もうコピーライターはやらないのだったら書類は半分に減りますが、まだ何も決まっていないのでそれは出来ないのです。孫を会わすことが出来ないなんて淋しいですね。でも、今のみなみちゃんの行動は正しいと思います。そんなにひどいとは知らず無遠慮なコメントをしていたとしたら、お詫びします。
  • 2012-06-15 21:23
  • ガス欠コイン
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[C135] >cocue-cocueさん

コメントありがとうございます。
私も、cocue-cocueさんがご両親について書かれた記事を
拝見するたびに、とても同感するところがあります。
何かコメントしたいと思うのですが、そのたびにただ「あー……」という
言葉にしかならず、申し訳ないのですが、
ついついコメントせずに終わってしまうんですよ(^_^;)
お気持ちをいろいろ想像できるだけに。

結局、「価値観が違う」ということになるのでしょうけど、
自分と親とで、暮らし方への考え方が違いすぎること、
(たとえるなら「生活の言語が通じない」こと?
 まるで異星人に接するような……と私は思っています)に対する
もどかしさ、やるせなさ、腹立たしさ、
そういうものってありますよね。

うちの場合は、以前、母が私や私の家のものをいじるように
私が汚屋敷化した実家を、見るに見かねて
勝手に片付けてしまうこともよくあったのですが
それが母にとってどんなに嫌なことかもわかってきました
(自分に置き換えてみると……)。
最近はノータッチです。

私は年に2回くらい実家に帰省するのですが(100キロ程度、車で2~3時間)
実家はストレスすぎて(汚すぎる、物理的に居場所が狭すぎる、台所や風呂は機能停止)
最近では、数時間しかいられません。
家に入ったら、意識の、ある部分のスイッチを切る努力をしていますが
長い間切っておくのは難しいです。

疎遠にしているという意識はないのですが
私も親とは疎遠な方かもしれません。

cocue-cocueさんがご両親と疎遠にすると決断されるまでには、
いろいろな苦しみや葛藤があったのではと思います。
重い決断だったと思いますが、それをされたこと、
すばらしいと思います。
自分を守るのが一番ですよね。

自分が変わるだけで十分、私もそう思います。
他人を変えようとするエネルギーがあるならば、
それは自分に向ける方が建設的ですねー。

お互い、自分の良しと思う道を突き進みましょうね!(^▽^)
  • 2012-06-15 05:55
  • みなみ
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[C133] 全く同感です。

みなみさま、
私はかれこれ5年近く実家に帰っていないので、汚屋敷化しているかどうか、この目では確かめていませんが…
両親とも「ステラレネーゼ」なので、みなみさんのお気持ちが痛いほどよく分かります。

一人暮らしをしていた独身時代、父にクローゼットの中身を勝手に全入れ替えされて、大号泣したこともあります。
母が食料やらわけの分からない荷物(台所便利グッズやら、タオル、雑貨など)を大量に持ち込む、これは程度こそ減ったものの、完全には終わっていません。

先日、わけあって、疎遠にすると決めた両親と一度再会したのですが、案の定父は、私の子どもにと玩具やらいろいろ持ってきました。いい加減止めてっていってみたのですが。

父が病気になったのを機に、間違いなく実家は物の洪水になっているはずです。でもこれまたわけあって、親と疎遠になることを誓ったこともあり、やはり私の場合も、断捨離や自らの持ち物の仕分け、処分、住まいの改善を通して、親からの独り立ちに一歩踏み出せたのかな、と感じます。

親に変わって欲しいと思うこと、山のようにあります。

でも、

自分は、変わる。

それだけで十分かな、と最近は思っています。

みなみさんのブログ、いつも冷静な分析がたくさんあって、楽しく読ませていただいております。今回とても身に迫る思いがあふれていたので、つい長々とコメントしたことをおゆるしくださいませ。

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プロフィール

みなみ

Author:みなみ
病的に片づけられない親に育てられ、汚小屋敷育ちが強烈なコンプレックスでした。2012年、鬼気迫る勢いで片付け祭り開催、1年間で千数百個の物を処分。今はまったり片付けてます。整理収納アドバイザー2級。

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