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[T23] まとめtyaiました【物を大事にすること、人を大事にすること】

「物」を大事にするということはその「物」を、いつでも使える状態・より良いコンディションにキープして、適切な場所に収納するということ。「人」を大事にするということも同じで...

コメント

[C146] >pirucolさん

どーもどーも、いらっしゃいませ。
ログ汚しだなんてとんでもないです。
でもモノランモノランのネタがわかりません。ほとんど見てなかったから?
なんかそういう修行の話でした? あれ。
とりあえず私は地味な色のキャラ(キャラかよ)なんで
横に並んだらやつらの色彩に負けて霞みそうです。
(勝てたらやばいですな)
  • 2012-07-23 22:33
  • みなみ
  • URL
  • 編集

[C145] >コインさん

ブログのたぐい、私なんぞ「UPしまくる」部類とはとても言い難いです。
でも、とにかく好きでやっている部分と
義務を感じてやっている部分と(自分の考えや生活を文字に残しておきたいので)
そのふたつがあって、そのために、ある程度のペースで、
長年書き続けていられるのかもしれません。
長女出産から、次女が3歳くらいになるまでの間の5年ほどは
さすがにかなりペースダウンしました。本当に余裕がなかったです。
ずっと書くことを続けていると、書かないことすらひとつの記録になりますね。

親友と呼べる友達、私はどれくらいかな。
いろいろな人の顔を思い浮かべてみると、あの人は現在進行形じゃなくて過去形の
親友なのかもなあ、なんて思ってしまうこともありますね。
それはそれとして、とりあえず、今が旬の人間関係は思い切り楽しみたいと思います。
  • 2012-07-23 22:29
  • みなみ
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  • 編集

[C144] >a・nemone さん

家庭を持って友人への執着が薄くなる、私も同じような気がします。
仕事はいいですよね。専業主婦だと、人付き合いという意味では
かなり幅が狭まってしまうなと感じています。
私の周囲は、年代は違えど主婦ばかりです。
それでも面白い刺激はたくさんありますが
属性の異なる人と会話をしてチャネリングする気力とセンスが
年々失われていくと実感してます。orz

断捨離(片付け祭りというより断捨離ですね、やっぱり)始めて
今を大事にしたいなという気持ちは強くなりました。

>ハードの断捨離が、ソフトの断捨離に、自然と延びていくもんですね。

本当にそんな感じですねー。
面白いです!
  • 2012-07-23 22:21
  • みなみ
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[C143]

『モノランモノランで10年くらい修行したのかな?』と何か頭に浮かんできたw

ライゴー、スイリン、プート、みなみって名乗っていいと思うw

※いつもログ汚しですいません。
  • 2012-07-15 10:08
  • pirucol
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  • 編集

[C142]

うーん、わかるわかる。僕は2002年の日韓W杯を一緒にさんざん観た3人のことが思い浮かびました。今、ひとりは仕事を求めてタイに移住し、あとの2人とは年2回ぐらい会っています。電話やメイルは、僕の方から時々します。すれば返事は返ってくるけれど、向こうからは滅多なことでは来ません(笑)。a・nemoneさんがおっしゃっていたように、その友人と共有した時間・思い出が大切なんですよね。たまに会っても、「ああ、あの時はなんて幸せだったんだ」っていう話しになりますね。

今年の年賀状で、ある大学時代のクラスメイトに「たまにはクラス会でもやろうか」って書いたら、「やりましょう、ぜひ。手伝います」という返信がきました。彼女は子育ても一通り済み、今は確かパートの仕事をしていると思います。きっと退屈なんでしょうね、日常が。

それにしても、みなみちゃんは大したものです。子育て、家事をこなしながら、ブログ&日記をUPしまくる。どこにそのエネルギーがあるのか、とても興味があります。

みんなそうなのかも知れませんが、僕は友人はたくさんいますが、親友と言えるのは片手ぐらいです。失業中の故郷 札幌の友人からたまに連絡がありますが、愚痴大会ですね(笑)。

みなみちゃんとのこういう関係も何だか不思議ですね。

  • 2012-07-12 21:54
  • ガス欠コイン
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[C141]

大切なのは、その友人と共有した時間・思い出・・・すごく共感しました。
人間関係も賞味期限、縁ですよね。
私の場合、家庭を持ってから、友人への執着が薄くなりました。
あとは仕事を持っているので、幅広い年代の人と仕事ではつながっているので、友人への執着がないのかもしれません。

ハードの断捨離が、ソフトの断捨離に、自然と延びていくもんですね。
断捨離は奥が深いですね。

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物を大事にすること、人を大事にすること

「物」を大事にするということは
その「物」を、いつでも使える状態・より良いコンディションにキープして、
適切な場所に収納するということ。
「人」を大事にするということも同じで、
その「人」が、心身ともに可能なかぎり良い状態になるような働きかけを行うこと。

相手が自分の子供であれば、
生命の維持に必要な衣食住の環境を整えてやり、
社会生活を送る上で大切な常識やマナー、ルールを教えてやり、
教育や医療や愛情を与えてやり、
心身両面からより健やかに生長するように心を砕く。

相手が友達であれば、
折にふれ連絡を取ったり贈り物をしたりして相手に喜んでもらい、
実際に会って話をして楽しい気持ちを共有し、
必要があれば助言をしたり、
病気の時は手助けをして相手が少しでも楽になるように取り計らったりする。
相手を、可能な限り良い状態にするために、働きかける中では、
あえて相手にマイナスと取られかねない働きかけをしたり、
相手と距離を置いたりする、という選択もあり得る。

いずれも、
相手をよい状態にしたいと願うことと、
それを具体的に実行する(それが「行動しない」という行動であっても)ことが、
ポイントなのではないかと思います。
「相手」は他人だけでなく自分自身にもあてはまります。





私は、学校を卒業して10年以上、
結婚して仕事を辞め、引越しをしてから丸7年になります。
結婚後は、2人の娘の出産・育児や、
自分の体調(シャルコ・マリー・トゥース病の発覚や髄膜炎による入院)のことで精一杯でした。
余裕が出てきたのはほんの最近です。
独身の時の友達とは疎遠(せいぜい年賀状程度の付き合い)になってしまい
ほんの数人をのぞいて
手紙やメールのやりとりでさえもほとんどしなくなってしまいました。

私は、それを寂しいことだと思っていたのですが、
片付け祭りを始め、「物を大事にすること」についてよく考え出してから、
その「昔の友人と疎遠になること=寂しい」という考えを改めることにしました。

家の中のものを片付け始めると、「物の循環」を意識するようになりました。
古くなったもの、しまってあるだけで使わないもの、あまり気に入っていないものなど
家の中で停滞しているもの、気持ちよく使うことのできないものは、どんどん捨ててしまいます。
するとそのかわりに、新しいもの、よく使うもの、気に入ったものなどが家に入ってきます。
そういう風に意識して家の中の物を循環させるようになってきました。

人間関係も同じようなものではないかと思うのです。
人生の中で、その相手(友人)と親しく付き合う時間というのは、案外短いです。
人と親しく付き合えるためには、いろいろな要素が関係してきます。
距離的に近い、学校や職場など生活の場が同じ、価値観や趣味が同じ、共通の友人がいる、
その相手との付き合いに費やすための時間やお金がある、お互い何らかの魅力を感じる……などなど。
もちろん、こういう言葉や条件で言い表せないその時々の空気やノリもあります。
そういうものの中から、必要なものがそろった時に、相手と特別に親しくなれる気がします。

(というのは、私の学生時代の知り合いで
 彼女とはとてもウマが合うのに、知り合ったタイミングがもうひとつ(卒業間際)で
 それさえもっと良ければ、もっともっと仲良しになれただろうなぁ……という人がいたのです。
 一言で言えば、「縁」の問題かなと思います)

ただ、人間はその都度変わっていくものだから、
その人間関係を取り巻く条件も空気も、どんどん変わっていってしまう。
親しくなれた相手とも、いずれは離れていくのが自然です。
そして、新しくいろいろな人と知り合い、そういう人たちと親しくなることも。
だったら、その「自然」なことに対して、寂しいと思うのは
あまり意味のないことではないか?
その寂しさにとらわれて、思い煩うのは、エネルギーの無駄遣いではないか? と思いました。

これを突き詰めていくと
「生き物が死ぬのは当たり前。他人が死んで悲しむのは(以下略)」
ということになってしまうんですけどね(笑)
でも本質的にはそれで正解だと思います。少なくとも私の論理、私の価値観では。
まあ、そこまでは自分の感情というか常識がついていかないとは思いますが……。





昔の友達は大事だけれど、
もしかすると、本当に大事なのはその友達自身ではなくて、
過去、その友達と共有した時間や気持ち(=思い出)かもしれない。
その相手がより良い状態になるように、具体的に自分が働きかけていない相手、
向こうからも働きかけてこない相手(あるいは自分が働きかけても反応がない相手)、
それよりも、「今」、自分が大事にしたい人を大事にすることだけを見ていた方が
いいかもしれない。
どうしてもつながりをなくしたくない友達には
そう思った時に自分から働きかければいいですよね。
なんて感じで、過去、昔の手紙や年賀状を大量処分してみたりしました。
名簿やアルバムはまだ捨てられないです。


こういうことをつらつらと考えてはみても
昔の友達に、突然連絡を取って会ったりすると
会わなかった長~~い時間のブランクをまったく感じずに
楽しく盛り上がって過ごせたりもするので
深くは考えなくていいんだろうと思ったりもします(笑)

とはいえ、「大事な友達にはこまめに働きかけをする」
これは心がけていきたいですね。
すべての人間関係は賞味期限付き、一期一会。
いずれは自分も相手も死ぬので。


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「物」を大事にするということはその「物」を、いつでも使える状態・より良いコンディションにキープして、適切な場所に収納するということ。「人」を大事にするということも同じで...

コメント

[C146] >pirucolさん

どーもどーも、いらっしゃいませ。
ログ汚しだなんてとんでもないです。
でもモノランモノランのネタがわかりません。ほとんど見てなかったから?
なんかそういう修行の話でした? あれ。
とりあえず私は地味な色のキャラ(キャラかよ)なんで
横に並んだらやつらの色彩に負けて霞みそうです。
(勝てたらやばいですな)
  • 2012-07-23 22:33
  • みなみ
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[C145] >コインさん

ブログのたぐい、私なんぞ「UPしまくる」部類とはとても言い難いです。
でも、とにかく好きでやっている部分と
義務を感じてやっている部分と(自分の考えや生活を文字に残しておきたいので)
そのふたつがあって、そのために、ある程度のペースで、
長年書き続けていられるのかもしれません。
長女出産から、次女が3歳くらいになるまでの間の5年ほどは
さすがにかなりペースダウンしました。本当に余裕がなかったです。
ずっと書くことを続けていると、書かないことすらひとつの記録になりますね。

親友と呼べる友達、私はどれくらいかな。
いろいろな人の顔を思い浮かべてみると、あの人は現在進行形じゃなくて過去形の
親友なのかもなあ、なんて思ってしまうこともありますね。
それはそれとして、とりあえず、今が旬の人間関係は思い切り楽しみたいと思います。
  • 2012-07-23 22:29
  • みなみ
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[C144] >a・nemone さん

家庭を持って友人への執着が薄くなる、私も同じような気がします。
仕事はいいですよね。専業主婦だと、人付き合いという意味では
かなり幅が狭まってしまうなと感じています。
私の周囲は、年代は違えど主婦ばかりです。
それでも面白い刺激はたくさんありますが
属性の異なる人と会話をしてチャネリングする気力とセンスが
年々失われていくと実感してます。orz

断捨離(片付け祭りというより断捨離ですね、やっぱり)始めて
今を大事にしたいなという気持ちは強くなりました。

>ハードの断捨離が、ソフトの断捨離に、自然と延びていくもんですね。

本当にそんな感じですねー。
面白いです!
  • 2012-07-23 22:21
  • みなみ
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[C143]

『モノランモノランで10年くらい修行したのかな?』と何か頭に浮かんできたw

ライゴー、スイリン、プート、みなみって名乗っていいと思うw

※いつもログ汚しですいません。
  • 2012-07-15 10:08
  • pirucol
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[C142]

うーん、わかるわかる。僕は2002年の日韓W杯を一緒にさんざん観た3人のことが思い浮かびました。今、ひとりは仕事を求めてタイに移住し、あとの2人とは年2回ぐらい会っています。電話やメイルは、僕の方から時々します。すれば返事は返ってくるけれど、向こうからは滅多なことでは来ません(笑)。a・nemoneさんがおっしゃっていたように、その友人と共有した時間・思い出が大切なんですよね。たまに会っても、「ああ、あの時はなんて幸せだったんだ」っていう話しになりますね。

今年の年賀状で、ある大学時代のクラスメイトに「たまにはクラス会でもやろうか」って書いたら、「やりましょう、ぜひ。手伝います」という返信がきました。彼女は子育ても一通り済み、今は確かパートの仕事をしていると思います。きっと退屈なんでしょうね、日常が。

それにしても、みなみちゃんは大したものです。子育て、家事をこなしながら、ブログ&日記をUPしまくる。どこにそのエネルギーがあるのか、とても興味があります。

みんなそうなのかも知れませんが、僕は友人はたくさんいますが、親友と言えるのは片手ぐらいです。失業中の故郷 札幌の友人からたまに連絡がありますが、愚痴大会ですね(笑)。

みなみちゃんとのこういう関係も何だか不思議ですね。

  • 2012-07-12 21:54
  • ガス欠コイン
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[C141]

大切なのは、その友人と共有した時間・思い出・・・すごく共感しました。
人間関係も賞味期限、縁ですよね。
私の場合、家庭を持ってから、友人への執着が薄くなりました。
あとは仕事を持っているので、幅広い年代の人と仕事ではつながっているので、友人への執着がないのかもしれません。

ハードの断捨離が、ソフトの断捨離に、自然と延びていくもんですね。
断捨離は奥が深いですね。

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みなみ

Author:みなみ
病的に片づけられない親に育てられ、汚小屋敷育ちが強烈なコンプレックスでした。2012年、鬼気迫る勢いで片付け祭り開催、1年間で千数百個の物を処分。今はまったり片付けてます。整理収納アドバイザー2級。

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